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ここ数年、ブラック校則という名前がよく聞かれるようになった。
大人になっても理解できなかった
私が中学生のときも、靴は白いスニーカー、靴下は白の無地で三つ折り、制服のスカートの下にジャージを履くと怒られる、という厳しい校則があった。
高校のときも、ルーズソックス禁止、染髪禁止で、定期的に廊下に並ばされて、ひとりひとり生徒指導の先生がチェックして、チェックが終わったら教室に戻るみたいな検査があって、「私たちは家畜か奴隷かなにかかな?」と思っていた。
当時、それらのルールの意味が全く理解できなかったけど、「私が子どもだから理解できないのかな?大人になったらわかるのかな?」と思って生きてきた。
でも、一向に理解できるようにならない。
それどころか、それらのルールがいかに理不尽だったかがより一層わかるようになってきた。
人が身に着ける服に、安全や健康の問題もないにもかかわらず規制をかけようなんて、越権行為ではないか?
自分の着るものは自分で決める
よく、女の子は体を冷やしちゃいけない、と言われていた。
子どもの頃は、体温調節の概念が薄くて、あまり理解できなかったけど、大人になった今なら、「体って本当に冷やしちゃいけないんだな」とよくわかる。
なのに、冬でもスカートを強制し、寒いからジャージを履きたいと本人が思うのを、履かせないよう強制するだけの合理的な理由ってあるんだろうか?
しかも、男子はスラックスの下にジャージを履いていてもお咎めなし。
スカートの下にジャージを履くのはダサい、という価値観はわからないではないけど、それは絶対的なものではないはずだ。
ダサいと思う本人がダサい服装をしなければいいだけであって、他人にダサくない服装をするよう強制する権限なんて誰にもないはずだ。
ツーブロック禁止?
世の中にはツーブロック禁止なんていう校則もあるらしいと聞いたことがある。
私は今ツーブロックだけど、日ごろお世話になっている皆様には大変好評いただいているけど、「不良」だろうか?
その髪型にするから「不良」になるんじゃなくて、「不良」がたまたまその髪型にするだけであって、髪型を禁止することにはなんの効果も合理性もないんじゃないだろうか。
昭和天皇だって昔ツーブロックだったというけど、ツーブロックにしても天皇にはなれない。
感謝
ブラック校則がなくなる方向に進み始めて本当によかった。
この動きは決して自然発生的に勝手に生まれたのではなく、どこかで誰かが尽力した結果であるわけで、感謝と尊敬の念を禁じ得ない。
今もまだなくなりきっていないであろう、合理的と思えない校則に疑問を持つ子どもたちは、大人たちも、どうかその考えや気持ちを大事にしてほしいと思う。
現状のおかしなところ、改善すべきところを発見できる人、諦めたり迎合したりせずにいられる人にこそ、自分自身のおかれた環境を、家庭を、職場を、地域を、国を、良くしていく力もあるだろうと私は思う。